鏡の森

地獄を生き延びたワケありエンジニアによる手記

熱中できるものがなにもない

 

仕事を始めた頃は理想にかられて意識高く働いていた。

 

PDCAサイクルを回すとか経営者目線を意識するとか。

 

ただ実際に働いてみると成果なんてものは大して評価されず、それ以外のどうでもいい要素で給料が上がっていった。

 

転職するときは前の現場でやった仕事を大げさに面接官に伝えれば優秀な人材だと勘違いしてくれていい額の給料を提示される。

零細企業なら社長と昼飯でも食べて自分のがんばりをアピールすると手当を増やしてもらえたりする。

 

PDCAサイクルなんて回さなくても、経営者目線なんて意識しなくても、そういうある意味汚いやりかたで給料ってものは増えていく。

 

本屋に並ぶ意識高めなビジネス書、自己啓発書なんてものは所詮金儲けのための情報商材でしかない。

 

それを買って実践しても給料なんて増えない。本屋の店主と出版社が喜ぶだけ。

人々の成長欲求、もとい射幸心に漬け込んだビジネスに乗せられているだけなのだ。

 

おもえば子供の頃、母は自分を受験塾に通わせたり習い事にいかせたりして、自分を優秀な人間にしようと躍起だった。

結局高校生の頃にメンタルを病んで中退、長い空白期間ができた。

そのあいだは勉強なんてほとんどせず、だらだらと生活していた。

 

高校に行ってないので微分積分がどういうものかわからないし、世界史に至ってはまったく履修していない。

 

そんな人間が20後半になってからはじめて就職し、2年目に入る頃には月収40万ほど稼いでいる。

 

勉強とは、成長とは、自己啓発とはなんなのだろう。

我々は学校で何を学ぶのか。

 

子供を追い込み自分を追い込み、成長というふわっとした概念を追いかけることに意味はあるのだろうか。

 

もういまさら成長というものは追いかけない。

熱中できるものなどなくてもいい。

 

ただ、平和すぎる日常にちょっとしたスパイス、もとい刺激が欲しいと思う今日このごろである。

 

外国人女性は日本が嫌いらしい

 

アメリカ人の女友達がいつも日本の悪口を言ってるのでその内容をシェアしたい。

 

いつも誰かの視線を感じる

基本的に東アジア人以外の外国人は日本では珍しいのでとても目立つのだそうだ。

そのため自宅の外にいるときはいつも誰かの視線を感じるらしい。

その友達は日本に来た当初はあちこちでかけていたそうだがまわりの視線に気づいてからは家に引きこもる生活をしているらしい。

余談だが彼女はNETFLIXでやってる「テラスハウス」が好きと言っていた。

英語だとプロポーズの言葉は「Would you marry me?」だけだが日本語だと色々なパターンの表現があって面白いと言っていた。

またそのセリフから登場人物の内面を想像するのが楽しいらしい。

 

労働環境がひどい

彼女は日本人の子供に英語を教える仕事をしているらしいが、労働環境の酷さをいつも指摘してる。

遅刻に厳しいわりに遅くまでダラダラ仕事をしていること・どう考えても非効率なやり方なのに誰も文句を言わずに従っていること・職場の採用面接で実際の仕事とは違う内容の説明をされたことなどの愚痴を言っていた。

これは正直言って日本人である自分もつねづね感じてることだから外国人がそう思うことに何も不思議はない。

 

イケてない白人男性がモテてしまう

彼女が見せてくれた写真には二人の日本人女性に囲まれて笑う白人男性が写っていた。

彼女によるとその白人男性は「どう考えてもブサイク」らしい。

日本人の自分から見てブサイクかそうでないかは判断できなかったが、白人である彼女がそういうならそうなんだろう

たしかに日本では白人であるってだけでちやほやされるからね。

日本人男性である自分はそれを複雑な思いで見ているのだ。

彼女いわく、若い頃はいいが年配になってくると白人男性であってもまったくモテなくなるらしい。

若い頃なら日本語が喋れなくても白人であるだけでちやほやされるのだが、年配になるとそうもいかず、むしろ言葉が通じない邪魔者として扱われるのだそうだ。

なんという諸行無常

日本人女性が白人男性の見た目にしか興味をもってないことがよくわかる。

母国でモテない白人男性は日本に来るだけで女遊びし放題になるのかもね。

黄金の国ジパングってやつか。

 

役所の申請書類が日本語でしか書かれていない

これはその女友達が不満に思ってることではなく、さらにその友達(これまた白人女性)がこれが原因で母国に帰ってしまったという話。

その子にとっては手続きの書類には英語が書かれているのが当たり前だったらしく、日本語しか書かれていない書類をみて絶望したと言っていた。

もともとその子は日本人男性にいつも街でナンパされたりつきまとわれたりするらしく、日本というものに疲れ果てていたようだ。

そして日本語だけの申請書類がとどめになり、母国に帰ってしまった。

英語話者からすれば世界中のあらゆる国で英語が通じて当たり前なわけで、日本語しか書かれていない書類が有り得なかったんだろうなと思う。

 

 

日本人からみたら当たり前のことでも外国人にとってはそうでもなかったりして、常識って文化によって違うんだなって思った。

あと、やはり日本人は白人に対して美的コンプレックスをいだいてる人が多いから、それが彼女らにとっては生きづらさになってるのかなと思った。

白人男性だって内面ではなく見た目でモテてるだけなので、結局は同じことだと思う。

日本人はもうすこし彼ら・彼女らのことを人として向き合った上で仲良くすべきなんじゃないかと思った。

そして日本人男性として自分も彼女の話を聞いてすこしドキッとした部分があった。

人を愛玩動物のように扱うのはやめよう。ちゃんと人として向き合おう。

彼女らは気づいてるよ

 

年齢だけを重ねた哀れな生き物

 

薬をやめて正気をとりもどしたと思ったらすでに27歳。

 

思えば自分には何かに打ち込んだ記憶や成し遂げた記憶がなにもない。

 

ふつうなら学生の頃に部活動に打ち込んだり、あるいは勉強に励んだりしたのではないだろうか。

それとも友達と放課後にカラオケに行ったり、彼女とイチャイチャしたり…

 

そのような思い出を持ってない自分にとって、まわりの人が過去の思い出話を懐かしげに語るのはとてもうらやましく、同時に自己嫌悪に陥る。

 

その過去の経験が直接的に今と関わってるわけではなくとも、そういったある種の回り道というものが人生というものを豊かにしてくれるものだと思う。

 

夜の街灯に照らされる桜を見て人はなにを思うのか。

 

年齢を重ねれば重ねるほど思い出というものは増えていく。

 

過ぎていった春の季節を数え、その頃の自分に思いを巡らせるのではなかろうか。

 

今までほとんどの季節を寝たきりで過ごした自分にとって、夜桜を見て思い出せる経験は少ない。

 

思い出を重ねずに年齢だけを重ねてしまった滑稽な生き物が自分なのだろうか。

 

このごろ、少しずつ好きなもの・好きなことが増えてきた。

 

お気に入りのもの・ことに囲まれて過ごす時間は楽しい。

 

そしてそれに気づいたのはつい最近のことなのだ。

 

自分はいま27歳。

 

同世代にはすでに結婚し子供をもうけた人もいる。

 

結婚相手に出会う前には他の恋人とのさまざまなロマンスがあったのだろうか。

 

高校、大学、そして社会人とさまざまなイベントのたびに新しい思い出を積み重ねてきたのだろうと思う。

 

そういう想像をするたびに、なにももっていない・なにも知らない自分が恥ずかしくなる。

 

…書くことで気が晴れるかと思ったけどそうでもないみたいだ。

 

傷口を抉っているだけかもしれない。

 

メランコリックな夜になってしまった。

 

デザインと創作の違いについて

 

知り合いのデザイナーが言ってた言葉が印象深かったので書き留めておきたい。

 

彼女は美大のデザイン学科出身のデザイナー。

 

試験科目は油絵らしく、油絵の練習はしまくったと言っていた。

 

油絵科に入らなかったのはなぜか、と聞いたときの答えがおもしろかった。

 

「自分のなかに油絵にまでして表現したいモノがなかった」といっていた。

 

彼女いわく、デザインと油絵は別物らしい。

 

デザインはお客さんの要望をまず聞いて、それに対して答える形で作品を作る。

なので大枠は最初から決まっているという。

その大枠を超えてどれだけお客さんを驚かせられるかがデザイナーの腕の見せどころだと言っていた。

 

しかし油絵は違う。

お客さんなんてものは存在せず、要望も存在しない。

そのため大枠も存在しない。

 

ゼロからすべて自分で作りあげる事になる。

彼女の中にはゼロから湧き上がるようななにかがなかったのだろう。

 

デザインは創作ではないらしい。

 

今の時間が満ち足りたものであるほど、失ったものの大きさに泣く

 

社会に出て人と働き、人の優しさに触れると脳みそが拡張されるような思いがする。

 

景色がクリアに見えて、眼前に360度の視野がひろがる。

 

日常がアップデートされていくのを感じる。

と同時に、もしかしたらこんな風景が高校生の頃に自分にもあったのかもしれないと思う。

 

なにも見えなかった。混乱していて、頭がおかしくなっていた。

 

抗うつ剤抗精神病薬は、もしかしたら健常だった人間を破壊するには十分すぎる強さをもっていた。

 

10年のうちに、俺の脳みそは破壊されていったのだろうな。

 

喋れなくなっていった。考えられなくなっていった。周りからどう見られているのか、自分というものがわからなくなっていった。

 

家にこもりきりの生活、完全に障害者となっていた。

 

父親以外は誰も知らない10年間。

 

3日おきの動機や目眩と、たまに涙があふれる。

 

死のうと思ったが死ねなかった。怖かった。

 

今思うとあの10年間はなんだったんだろうか。

医者の誤診、その一言で片付けていい問題なのだろうか。

 

あるべき高校生活、あるべき大学生活や青春は、精神科の閉鎖病棟のベッドに横たわっているうちに過ぎていった。

 

勉強も友情も恋愛もなにもかも、いつのまにか遠い存在となってしまっていた。

 

そして10年、空っぽの状態ですこしずつ正気になっていった。

 

失った10年間を数える。

 

未だにどう受け止めていいのかわからない。

 

ここにはいたくない。

どこか遠くへ行きたい。

誰も知らない遠くへ。

 

時間を巻き戻すことはできない。エントロピーは増大し続ける。

 

永遠に戻らない青春を数えて、俺はこのさきも生き続けるのだろうか。

 

15歳から25歳までの10年間になにもできなかったこと。

そしてそれをどうやって人に説明すればいいのかわからないこと。

 

なにももってない自分と、そんなこともないまわりの人々。

 

どうしたって比べてしまうし、俺はまだまだ子供でいたかった。

 

生計を建てなければいけない。

まわりの同世代は結婚して子供もいる。

 

俺の10年はほんとうになんだったんだろう。

 

 

10年間の現実逃避(と音楽)

 

高校を中退して10年間、なにもできない時期があった。

もともと勉強は得意だったが、10年間のうちにあらゆることを忘れてしまった。

 

本屋に行って「ニュートン」とか「ナショナル・ジオグラフィック」とか、子供のころにあれだけ読みたかった雑誌を手にとってみても、パラパラと鮮やかな写真をひととおり見ただけで本棚に戻してしまう。

 

難しい専門用語や知識を頭にいれる気になれない。

 

音楽を聴いてるときは楽しい。

眠るのも好きだし、ご飯を食べるのも好きだ。

 

ショウケースに並ぶ鮮やかでキラキラした商品をみても、心が踊らない。

 

博物館にいって歴史的な価値のある書物や物品をみても、とくになにも思わない。

 

美術館の絵は今でも好きだ。

 

電車の窓からみえる景色、都会のダイナミズムとか田舎の穏やかさが好きだ。

 

長いこと文章が読めない時期があった。

小説はおろか漫画も読めなかった。

落ち着いてテレビ番組を見ることもできなかった。

YouTubeでさえ、ちゃんと見るためには努力が要った。

 

病院のベッドで横たわりながら(たまに泣きながら)、iPodで音楽を聴くのが好きだった。

 

毎週末、ツタヤであたらしいアルバムを借りてはiTunesに取り込んでいた。

 

音楽が生きるための支えだった。

 

音楽があって本当に良かったと思う。

 

歌詞カードは読めなかったし、曲の歌詞を落ち着いて理解することは難しかった。

 

きっと頭は混乱していたし、10代の自分が将来の不安を将来の不安として落ち着いて向き合うことはできなかった。

 

なにかが無茶苦茶になっていくのを感じていたし、親や社会からの期待がすべて消えていくのをうっすらと感じていたように思う。

 

ご飯を食べることさえ、トイレに行くことさえ一苦労な生活で、なんで音楽が聴けたのかはわからないが、音楽を聴いてるときは落ち着いたし、なにも考えずにすんだ。

 

ミスチルが好きだった。

意外と暗い曲が多い。

 

10年後にようやくまともになったときには、母親はとっくにいなくなっていたし、父親は癌になっていた。

兄は持病が悪化して入院。

 

学歴はないし、まともな学生生活を送ったことはないが、生きるためには働かなくてはならない。

 

お金を稼いでなにになるのかはわからないが、生きるためだけでも働かなくてはならないのだろう。

 

自分はなんのために生きてるのか、いまさらどうしろというのか、これからどうすればいいのか、そしてそれを誰に聞けばいいのか。

 

なにもわからない、混乱した状況だが、やはり今でも音楽を聴いてるときだけは楽しい。

 

音楽があってよかったと思う。本当に。

 

会社での人間関係はいびつだと思う

 

会社員として働いてると苦手な上司にあたることがまれによくある。

学生の頃は仲のいい人同士で固まってればよかったから苦手な人がいても距離をとればよかった。

しかし会社だとそうはいかない。

 

いくら苦手な人でも自分の上司だ。その人の評価で自分の査定が決まる。気に入ってもらう必要がある。

ドン引きするようなジョークやエグい下ネタを言われようと愛想笑いで受け流す必要があるのだが、自分はそういうのが苦手でしょうがない。顔がひきつって固まってしまう。

こういうときにコミュ力(という名のドライさ)があればうまくやりすごせるのかもしれない。

 

気味の悪いオタクたちとも笑顔で握手ができるような某アイドル集団のように、人を人と思わないで接することができれば、苦手な上司のポリコレ?なにそれなジョークも笑顔で受け流せるのかもしれない。

女性社員の前で援助交際の話を平気でするような黄色い歯の醜いハリウッド映画に出てくるアジア人俳優のような上司のジョークを笑顔で受け流せるのかもしれない。

 

自分には無理だった。

どうしてもあの醜い齧歯類みたいな人と笑顔で接することができない。

 

…本来なら会社での人間関係と人間らしい人間関係の違いについて書きたかったのだが、上司の悪口ばかりになってしまった。

 

文章に書こうとするとどうしてもきれいごとではなく心の奥にある声が出てくる。

 

アウトプットすると自分の思ってることを再認識できるからいいね。

 

みなさんもブログを始めてみるのはどうでしょうか?

 

おやすみなさい。