10年間の現実逃避(と音楽)
高校を中退して10年間、なにもできない時期があった。
もともと勉強は得意だったが、10年間のうちにあらゆることを忘れてしまった。
本屋に行って「ニュートン」とか「ナショナル・ジオグラフィック」とか、子供のころにあれだけ読みたかった雑誌を手にとってみても、パラパラと鮮やかな写真をひととおり見ただけで本棚に戻してしまう。
難しい専門用語や知識を頭にいれる気になれない。
音楽を聴いてるときは楽しい。
眠るのも好きだし、ご飯を食べるのも好きだ。
ショウケースに並ぶ鮮やかでキラキラした商品をみても、心が踊らない。
博物館にいって歴史的な価値のある書物や物品をみても、とくになにも思わない。
美術館の絵は今でも好きだ。
電車の窓からみえる景色、都会のダイナミズムとか田舎の穏やかさが好きだ。
長いこと文章が読めない時期があった。
小説はおろか漫画も読めなかった。
落ち着いてテレビ番組を見ることもできなかった。
YouTubeでさえ、ちゃんと見るためには努力が要った。
病院のベッドで横たわりながら(たまに泣きながら)、iPodで音楽を聴くのが好きだった。
毎週末、ツタヤであたらしいアルバムを借りてはiTunesに取り込んでいた。
音楽が生きるための支えだった。
音楽があって本当に良かったと思う。
歌詞カードは読めなかったし、曲の歌詞を落ち着いて理解することは難しかった。
きっと頭は混乱していたし、10代の自分が将来の不安を将来の不安として落ち着いて向き合うことはできなかった。
なにかが無茶苦茶になっていくのを感じていたし、親や社会からの期待がすべて消えていくのをうっすらと感じていたように思う。
ご飯を食べることさえ、トイレに行くことさえ一苦労な生活で、なんで音楽が聴けたのかはわからないが、音楽を聴いてるときは落ち着いたし、なにも考えずにすんだ。
ミスチルが好きだった。
意外と暗い曲が多い。
10年後にようやくまともになったときには、母親はとっくにいなくなっていたし、父親は癌になっていた。
兄は持病が悪化して入院。
学歴はないし、まともな学生生活を送ったことはないが、生きるためには働かなくてはならない。
お金を稼いでなにになるのかはわからないが、生きるためだけでも働かなくてはならないのだろう。
自分はなんのために生きてるのか、いまさらどうしろというのか、これからどうすればいいのか、そしてそれを誰に聞けばいいのか。
なにもわからない、混乱した状況だが、やはり今でも音楽を聴いてるときだけは楽しい。
音楽があってよかったと思う。本当に。